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2010年07月30日 [01:24:14]

【小説の禁忌、開拓、方法論】

自分のルール、やり方から外れている作品は評価しない、稚拙と評価されやすいよね、という「モノの見方」だけはしないと心に誓った昨夕の僕。

ここ数年は出来ていないけど、かつて玉石混合あらゆるA級B級C級映画等を鑑賞しまくってた時期があった。こりゃねーな~という酷いのもあったけど、問題点を考察しつつ、その中に光る部分が一箇所でもあれば、そこを評価したいというスタンスを心掛けるように次第に変わっていった。

自分の好みに合わない、ルール・文法に即してないってだけで稚拙扱いするような物の見方は非常に残念である。
「偉い人または本でこんなことを言っていたから絶対これが正解なんだ。この方法以外有り得ないんだ。」というのでは発展の伸び白を自ら縮めていると言えよう。
マニュアル通りに進めるのが正しいと信じて疑わない、もしくは、教本で禁止されているからやらない、そういう人間になるのは実に惜しい。
正解は先人の知恵や教科書やマニュアルに書かれてある通りが全てではない。 その結論に至るまでの過程と、先人の知恵をさらに高みに押し上げること、あえて禁忌に挑戦し、荒削りでも自ら切り開くことが大事だ。

教本通りに計算機を使ってパパッと一つしかない答えを導き出す近道を選ぶよりも、時間は掛かっても、また、間違っていたとしてたとえ評価されなかったとしても、手算で工夫して導いた答えの方がその後の自分の人生において大きな糧になる。
計算式はすなわち自ら作り出した作品であるが、その過程を注意深く見つめることで、次回以降に生かせる血肉となる。

これは10年間の教職活動で実感したことだが、実際に何百何千と手を動かさなければ得られない物は多い。
解答例を頼って実力をつけることも出来ようが、実行と反復が肝心要である。
公式通りに計算すれば正解に安易に辿りつけようが、なぜその公式を使えば良いのかと考えたことのある人は実に少ない。

後に出すが、「公式通りに」を「タブーを避けて」、「計算する」を「作品を作る」、「正解に辿りつける」を「エンターテインメントとして読み手に評価される作品」と読み替えると、このあとの話の展開が見えやすくなるが、この方法論はもちろん間違いではないし、そうすることで成功を収めた作家は数え切れないだろう。
が、いづれその公式によって作られた作品群はマンネリ化するだろう。すでに飽和状態と言える。

であるからして、公式の再構築が必要なのだ。
そのためには、今現在がまさしく「開拓」が必要不可欠なシークエンスと言える。公式(タブーを避けた近道)ではなく、新たな模索が求められているのではないか。

「計算機(公式=タブーを避けての作品作り)を使った方が早いし正確だし評価されるよ」という忠告は確かにその通りだし、ありがたいことではあるが、遠回りをして自分の血肉にするべき事は山ほどある。

昨夕僕はTwitterで一人のフォロワーと意見を交わした。その中で、ブログで公開中の小説では「一人称と神視点をシチュエーションに合わせて一定のルールの元、使い分けている」ことを話した。

すると、
「@misakism 作中の視点変更はタブーの一つ……^q^」
「@misakism そういう特殊的なところで用いるのならいいのですが、あまり切り替えすぎると、意図があっても、スタイルを一貫しても、タブーを守れないと判断されてしまうことがあるのですよね。そうすると、どんなに上手い文章でも先入観で稚拙に見えてしまうという……難しいところです 」
「@misakism エンターテイメント小説を書くならば、読者がどう思うかを考えなければならないというのが持論なんですよね。だからあまり挑戦するのは、なんというか……成功すればいいんですがねw まあ、何を言おうが、面白いものが勝ちです」
というご意見を頂いた。

本の虫な僕なので、もちろん業界でそういうのは避けるべきだというのはどこかで読んだ事がある。
しかし、あえて多数視点を織り交ぜている作品を僕は多く知っている。

僕が今書いている作品は、諸手をあげて賞賛出来る作品ではない事を知っているし、万人に向けた作品ではないことも承知している。いわば、11年間保留してきた作品にけじめをつけ、読者に今後どうして欲しいか意見を求めたい。そのために書いていると言ってもよい。
が、もちろん書く以上はエンターテインメントとして楽しく読んでもらいたいので、小説中の視点切り替えを実験的に取り込んでいることの顛末に不安がないわけではない。

だが、そこらで飽和状態の小説や某掲示板の会話劇のような物ではなく、地の通った読ませる小説になるよう心掛けているつもりだ。

計算機のように一足飛びに答えを導き出せる物ではない。禁忌と一般に言われていることを承知の上で視点切り替えを採用しているのも、今回の作品においてそれがよい答案になるはずだと、手探りで手算しながら、最終文に辿り着こうとしている。

遠回りかもしれないが、禁忌を恐れて近道をするよりも得られる物の量は多いだろうと思っている。

だから、ネット上で数多く見られる辛辣な意見に注文したい。

「計算機を使った方が効率的だけど、工夫して計算するそのスタンスは評価したい」
こういう物の見方や評価の仕方が大事だと僕は思う。

ネットを見ていると、自分の意に沿わないからと切り捨てるように意見する人、特に無表情な文字で突き放したように表現される事が多いこの世の中。

ダメだしに終始せず、良い部分悪い部分をバランス良く指摘するくらいの余裕を持ちたいものである。
たとえ書き手が一般に評価されない表現手法を取っていてもね。

それが公式通り(飽和状態にある作品群)ではないが、試行錯誤の連続ながら、切り開こうと実験している物ならなおさらにね。

悠久天国6 the Novel コメント:0 トラックバック:0  ▲Top. よければクリックして下さい^ワ^ノ

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